篠原有司男と岡本太郎,荒川修作の関係,乃り子(妻)とのNY生活,経歴,福山雅治とCMも!

アート
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2013年にキューティー&ボクサーというドキュメンタリー映画で型破りな篠原有司男と妻,乃り子が出演され話題になりました。

 

その篠原有司男と妻,乃り子が今回はクレイジージャーニーに登場ということです。

 

篠原有司男は岡本太郎と荒川修作と関係があるとか?

 

篠原有司男と妻,乃り子のニューヨーク生活40年以上の芸術家の生き様とは?

 

クレイジージャーニーではどういった形で紹介されるのでしょうか!

 

福山雅治とCMでの共演もある篠原有司男。

 

そんな篠原有司男と妻,乃り子の経歴も少し覗きつつ,今回はまとめてみたいと思います。

 

クレイジージャーニー楽しみですね。

 

ではでは早速 !

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篠原有司男のプロフィール

 

https://www.nippon.com

 

名前:篠原有司男

生年月日:1932年1月17日

出身地:東京麹町生まれ

通称:「ギュウチャン」

父親:詩人

母親:日本画家

学歴:麻布中学に入学その後、東京芸術大学美術学部油絵科に入学

 

麻布中学の在学中は萩太郎に師事し、東京芸術大学美術学部油絵科では、林武男に師事しています。

 

1957年の5年後に中退、そして翌年1958年に村松画廊で初個展を開催。

 

そして1960年にはネオダダイズムオルガナイザーを新宿ホワイトハウスにて結成!

 

街中を半裸でのたうち回る過激なパフォーマンスを敢行。布を巻き付けた両拳を墨汁に浸し、壁に打ち付けて絵を描く代表作「ボクシング・ペインティング」の様子が、ウィリアム・クラインの歴史的写真集『TOKYO』(1964年)に収録されるなど、独自の芸術表現でメディアを賑わせ続けた。

 

http://hisamichi.seesaa.net/article/30975849.html

 

パンチ効きまくりですね。

 

そのメンバーは吉村益信、赤瀬川原平、荒川修作 がいます!

 

荒川修作といえば 養老天命反転地の人ですね。

 

荒川修作とは、、

 

名古屋に生まれドキュメンタリー映画「死なない子供荒川修作」でも話題になった方です。

 

養老天命反転地は岐阜県の養老町にあり、とても摩訶不思議なテーマパークで今でも人気の場所です。

 

東京都三鷹市には「三鷹天命反転住宅」も建造されています。

この建物もとても面白いです。

 

「養老天命反転地」はその特殊な構造から入園者に怪我人が相次いだんですが、荒川修作は「案外少ないな」と平然としていました。

 

さすがです、荒川修作、とても面白い方です!

 

 

話は戻り、、

なんとなく似てますよね、ぶっ飛んだ感じが篠原有司男と。

 

 

そして日本で初めてモヒカンをしたのは篠原有司男なんだとか。

 

篠原有司男の作品は基本は、悪趣味でスキャンダラスなものが多く、ボクシンググローブに絵の具を付けてキャンバスを殴りつけながら絵を書きます

 

これがボクシングペインティングと呼ばれ、篠原有司男のスタイルです。

 

篠原有司男はこれはマスメディア向けのパフォーマンスのつもりであったようで芸術じゃないと話されています。

 

そしてニューヨーク生活に突入です。

 

次でみていきたいと思います!

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篠原有司男のNY

 

https://www.nippon.com/

 

1969年にロックフェラー三世基金の奨学金を得ます!

 

そして渡米し、ニューヨークの生活が始まります。

 

その頃には妻と子供がいたようですが現妻乃り子ではありません。

 

後にお別れになるということですね。

 

妻乃り子とは1973年にNYで出会います。

 

ニューヨークで篠原有司男の芸術はすぐには売れませんでした。

 

画材を買う金もない中、路上に捨てられた段ボールを拾い集めて作ったのが、代表的なシリーズとなる「オートバイ彫刻」だった。それ以来40年以上もの間、己の信じる“前衛の道”を突き進んできたのだ。

 

アメリカのアートにひたすら憧れて渡米した篠原有司男。

 

60年頃はポップアートがNYでは全盛期で「俺も絶対にやってやるぞ!」と意気込んでニューヨークに渡りましたが、鳴かず飛ばず。

 

そして1年間の奨学金が切れた後はお金もないし、コネもないし、何もない!!となったよう。

 

それでも篠原有司男は

 

「アートというものはデーモンなんだよ」

 

と語るようようにそのデーモンに引きずられ、全力で、まさにボクシングでひたすらパンチをし続けるようにそのままNYにぶつかって突っ走る!

 

妻、乃り子は

 

「突っ走るも何も、もう日本に帰るお金がなかったからそうせざるを得なかったんじゃない!」

 

と話されていましたが笑。

 

「アートと格闘してきた」

 

ってかっこよく言われるけど、紀子さん曰く

 

「生きていくこと自体が私たちにとってはサバイバルだ」

 

と話しています。

 

のりこさんへの日本からの仕送りは全てアトリエの家賃のためになくなってしまったとのこと。

 

この夫婦のやり取りはサバサバしていて二人ともとってもハンサム。

 

映画を見てもかっこいいな、と思いながら当時鑑賞した記憶があります。

 

篠原有司男は拠点はニューヨークに置き、日本で作品を発表していました。

 

2007年には毎日芸術賞を受賞しています。

 

アメリカでの本格的な評価となるのは90年代以降になるので、少し時間がかかったようです。

 

2013年には篠原夫妻の日常を撮ったドキュメンタリーの映画「キューティー&ボクサー」が作られ、サンダンス映画祭でドキュメンタリー部門を受賞します。

 

とても良い映画でした!

 

ぶっ飛んだ二人がハンサムで魅力的。

 

なかなかこういきてみたいな、と思っても実際に行動におこせなかったりするもの。

 

アートに全てを捧げるとかそういうような言葉で表現されるのか分かりませんが、ご本人様達はやりたいことを最優先にやって、やりたいからこれをやる!お腹すいたから食べる!みたいな感じの日常なんでしょうか。

 

そう簡単ではないとは思いますが笑、そう感じさせる懐の見えなさにそこがアートか、と思いつつも、すごい夫婦だな〜、と思います。

 

2012年にニューヨーク州立大学ニューパルス校ドースキー美術館で海外で初の回顧展を開催しています。

 

岡本太郎さんが

「ひたむきなベラボウさ」

と激賞した伝説的アーティストであることは間違い無いですね。

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篠原有司男と岡本太郎

 

芸術で喰っていけるか?という若い画家の切実な問いかけに、「ならばうちに来い。カレーライスを食わせてやる。」とやり返したという岡本太郎。

 

懐見えませんね。

 

http://blog.livedoor.jp/schizou/archives/51575022.html

 

岡本太郎生誕100年記念の川崎市岡本太郎美術館で、自らのボクシングペインティングで芸術を披露されていました。

 

岡本太郎の影響は大きかったかと。

 

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