『1番だけが知っている』ハンセン病の原因,症状,治療は?差別と偏見で隔離も。

1番だけが知っている
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1番だけが知っているでハンセン病が取り上げられます。

 

ハンセン病をご存知でしょうか?

 

ハンセン病はかつては『らい病』と呼ばれていました。

 

らい菌という菌によって体が犯されてしまうのです。

 

そして末端神経や皮膚が感染症により変形することもあれば失明してしまったり、知覚麻痺になってしまったりします。

 

その結果手足の切断を余儀なくされた方達もたくさんいらっしゃいます。

 

不治の病と恐れられていました。

 

ハンセン病についてみていきたいと思います。

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ハンセン病とは

 

らい菌によって神経が細胞内寄生によって犯される感染症であります。

1873年にノルウェーの医師アルマウェル・ハンセンによってらい菌が発見されました。

 

病名はこの医師アルマウェル・ハンセンハンセンによって名付けられています。

 

日本では 「癩(らい)」、「癩病」、呼ばれていましたが差別的に感じる人も多く使用は避けられています。

 

(当時はとても患者への過剰な差別が使用した時に使われていたんです)

 

感染経路は鼻や気動を通り菌が侵入してしまうものが多いとのことです。

 

そして他者へ感染するこもこともあるとのことです。

 

ハンセン病は、皮膚や末梢神経などが冒される病気です。

 

末梢神経が冒されると痛みや熱さを感じることができなくなり、気付かないうちにケガや火傷をしてしまうことがあります。

 

また、手足の血液の循環が悪くなったり、体のあらゆる毛が抜けてしまったり、汗が出にくくなったりもします。

 

そのほかに、運動の障害や視力障害を伴うこともあります。

 

らい菌の感染力は非常に低く治療法も今では確立していますので後遺症を残すことや感染源になることは今ではほとんんどありません。

 

適切な治療を受けなかったりした場合は皮膚に重度の病変が生じてしまいます。

 

1931年には全ての患者さんを隔離する「らい予防法」が制定されます。

 

そして患者たちは強制連行され死ぬまでそこから外に出ることができなかったのです。

 

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国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)

 

そこで壮絶な人生を送った患者の方達が生きた歴史や差別偏見などの戦いは国立ハンセン病資料館で見ることができます。

 

治療所内では患者が逃げてしまわないために現金などは全てその園内通用券に交換されていたとのことです。

 

全ての行いをハンセン病患者が行うため同じ患者が亡くなった際の火葬までもが患者同士の手で行われていたとのことです。

 

人権を無視した生活は止まることを知らず、遺伝病でもないのにも関わらず、夫婦となった男女に子供を作らせないための断種手術が政府黙認のもとに実施されていました。

 

患者の尊厳はありませんでした。

 

生前は法律に基づかずに勝手に行っていたとのことです。

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ハンセン病の特効薬プロミン

 

1947年にアメリカから特効薬プロミンが導入され、その後ハンセン病かなおる病気になったことで大きく変わりました。

 

しかし隔離生活は続けられていたようです。

 

1966年にやっと「らい予防法」が廃止され、90年も続いた隔離政策がやっと終わります。

 

しかし患者のほとんどの方が社会に復帰できないのです。

 

今も全国の療養所で約1300人が暮らしているとのことです。

 

高齢であること、今も残る偏見ののために故郷に帰れずにいらっしゃいます。

 

今療養所にいる方の平均年齢は87歳ぐらいになっていて、発病したのが10台20台です。

 

人生のほとんどを療養中で暮らし、社会復帰ができるのでしょうか。。

最後に

 

私自身もハンセン病については全くの無知でした。

 

以前abematvで大きく取り上げられ、石山春平さんがご自身の体験をもとに話されており、詳しく知ることができました。

 

当時は本当に酷かったのです。

 

心が痛みました。

 

ハンセン病にかかってしまった方達のお気持ちは計り知れません。

 

生きたくても生きられない方達、現在では生きれるのに簡単に命をおもちゃのように落としてしまう方達、同じ命で自分の命ですから選べますが、このように選べなかった方達の人生を考えると、答えが出ません。。

 

少しでもこれから先の人生、幸せに暮らせることを心より願います。

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追記:安倍総理が7月12日に談話を発表し、家族に対して「反省とおわび」を表明されています。

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